2015年06月15日

してネフィに本当のこと


「いやひどい目に遭《あ》いました。ネフィに何を言ったんですか、トール様」
 頬を擦りながら現れたミヤギに、アシュを膝に乗せ、椅子にもたれて寛《くつろ》いでいたトールは目を瞠った。
 何があったかは一目|瞭然《りょうぜん》だった。
「ごめんなさいね、本当ならそれは私が受けるはずだったものなのに」
「トール様の身代わりなら受けた甲斐《かい》もあるというものですが、俺だから手加減しなかった、ともいえます。あながちやつあたりともいえませんな」
 切ない溜息をついたミヤギに、トール理想生活はつい吹き出した。
 どことなく、のろけているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「側室がどうとか言ってましたが、どうしてネフィに本当のことを言ってやらなかったんです? どうせ明日になれば、それどころじゃ——」
 しっと唇に指を当て、トールは首を振った。
「二階にはオルトー公がいるのよ。誰がどこで聞き耳を立てているかわからないわ」
「平気です。人が近づいたらわかるようにしております」
 なるほど、と呟いて、トールは溜息をついた。
「それは安心ね。それで、今から計画の確認をするとして、ミヤギはいつ眠るつもりなの? 寝不足の頭で、明日の計画に支障が出ては元も子もないわ」
「おっとそうでした」
 肩をすくめて、ミヤギはにっと笑った。
「ではお言葉に甘えて、さっさと退散しましょう。明日の手筈《てはず》はエシルかクラルに伝えておきます」
「ネフィではないの?」
「頬に手形をつけた誘拐犯なんて、目立つこと請け合いですからね。残念ですが、明日はネフィに会わずに出て行くことにします」
「その方が良さそうね」
 あからさまに落胆したミヤギの顔に、トールは苦笑して頷いた。
 と、膝の上でアシュが小さな鳴き声をあげた。
 視線に気づいたのか、ごろごろと喉を鳴らすと、アシュはトールの腕に額を擦りつけた。
「甘えているのかしら。かわいいわ」
「残念ながら、ネコがこういうしぐさをする時は、腹が減っているんです」
 なぜか申し訳なさそうに、ミヤギは頭を掻いた。
「見た目はかわいいですが、肉食ですからな。油断してると噛みつきますよ」
「そう。それじゃ何か貰ってこなくてはね」
「ではついでです。俺から台所に声をかけておきましょう」
 胸に手を当て、軽く一礼すると、ミヤギはあっさりと姿を消した。
 音もたてずに閉まった扉を見つめて、トールは椅子に寄りかかった。
「なんだ。お前、お腹が空いていたの」
 膝の上でじっとしているアシュに、トールは苦笑した。
「まんまと騙されたわ。そういう打算的なところは、ウィオラータそっくりね」
 といって、邪険に膝の上から振り払うこともできない。
 そんなところまで、同じでなくていいのに。
 俯いて、トールはアシュの灰緑色の瞳を覗き込んだ。
 瞬きもせずに見つめるアシュの目が、期待に満ちて輝いた。
 だがもし、ここに食べ物がないとわかれば、アシュはきっと部屋を出て行くだろう。
 本当に、よく似ている、とトールは思った。



Posted by ンを連れて来て at 11:01│Comments(0)
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