2015年07月13日
村出ていこうと思っ
「本当じゃ。特に留吉の親父《おやじ》なんか、毎年違う役者のケツおいかけまわして嫌われとる」
「えっ」
「クッ、わしらには労咳がうつるから行っちゃいかん言うとって」
「労咳なんか、おまんらぐらいの元気があったらうつりゃせん」
「そっ、そうか」
「来いよ、待っちょるけ。河原者も一生懸命生きとるところをおまんらに見てもらいたいんじゃ」
と言うと、以蔵は走り去った。
鎮守の森に行くと牙箍、桐《きり》の木の下で、ひっぱたかれて半殺しにされた傷だらけの留吉がおかっぱ頭の顔をクシャクシャにして泣いていた。
「大丈夫か、留吉」
「わしの大事なカメラ、壊されてしもうた」
壊された箱型の写真機をいとおしそうに持ち上げた。
「レンズは大丈夫か」
「ああ。これだけは死んでも手出しさせん。このレンズは、十年間磨きこんだわしの命じゃ」
ひしゃげた鼻を得意そうにひくつかせた。箱の木片を拾っていた五助が、
「こんなもん、直すのは簡単じゃ。ワシ、器用じゃけん、直してやる」
と胸を張った。
勇は渋い顔で、
「留吉、小さい子を裸にしたのは悪いぞ」
「なんが悪いんじゃ。わしゃ、まじめにア中風ートやっちょるんじゃ。この世の中で、女の裸以上に美しいもんはなか」
と食ってかかってきた。
「そっ、そうか」
「もうこげん村にはおられん。わしはこの村、出てく」
四郎も、
「勇さん、わしもこの村出ていこうと思っとる。わしも食いすぎて、家出てけって言われたことやし」
腕組みをしていた勇が胸を叩き、
「よし、わかった。みんなでこの村、抜けよう。いい潮時じゃ」
「えっ!?」
「まず江戸へ行って、坂本先生を探すんじゃ」
「じゃが、勇さん、みんなの旅費はどうするんです?」
「心配すんな。わしが本堂の雪纖瘦仏像を持ってくる。あれじゃったら、みんなで江戸でも京都でも行ける。今夜、二ツ川に集まってくる商人に売ればいい。そしてわしはレストランちゅうのやる。今夜五ツ半、みんな二ツ川口に集合じ
ゃ」
勇は腰に手をやり、日野の大地に向かって叫んでいた。
Posted by ンを連れて来て at 16:09│Comments(0)