2015年07月21日

けてワイングラスを取り

けてワイングラスを取り
「また三つあるんですか」
「そうだ。その第一番目は、その男と面識があるということ、これは矛盾しているかね」
 ハリスが彦次郎の胸倉をつかみ、わめきちらしていても、男たちは相変わらずニコニコしている。物珍しそうに時計をなでたり、勝手にサイドボードをあけてワイングラスを取り出したりしている。
「でも、会えば好きになりますよ」
「私は自分の人生の中で、礼儀知らずを好きになったためしはない」
 ハリスは、その六人の男と一人の女に向き直り、
「とにかく諸君ら、帰ってくれたまえ。いま私はとても疲れてるんだ」
 と、四角い箱を首からぶらさげたはす目のチビが、
「あんまりいやがられたらこれをお見せしろと言われました。わしが撮ったんです」
 と一葉の写真を突き出してきた。
 それを見たハリスの全身から血が引いていった。
「こっ、これは」
 そのチビに寄り添っている女が、
「よく撮れてるでしょう? 留吉さんは天才だわ」
 そこに写っているのは、吉原で梅香とたわむれている自分のあられもない姿だった。
「おお、神よ」
 そう言うなりハリスは失神し、ドサリと倒れこんだ。四十度近い熱を出し、一週間も寝こんでしまった。
 ようやく起き上がったハ便秘藥リスは、また唖然《あぜん》とした。
 部屋が荒らされていた。なんと、目の前に机の引出しをひっくりかえしている馬面の肩幅の広い男がいるではないか。
「なっ、何をしているんだ」
「デモクラシーを出せ」
 男はギロリとハリスを睨みつけた。
「デモクラシー?」
「以蔵が、おまえが持っとると言った」
「なんのことだ」
「労咳の特効薬だ。どこに隠しとる」
「そんなものは、まだアメリカでもできていない」
「本当か」
「ああ」
「もし嘘ついたら承知せんぞ。わしの女の労咳を治してやりたいんじゃ」
 と引出しをかきまぜるのをやめない。
「本当だ。まだ、アメリカでもできてないのだ。私の妻……」
 そこまで言って、ハリスは言葉がつまった。いまはメアリのことは考えないでいたい。
「とにかく、ないのだ。さっ、出ていってくれ」
「わしを土方と思うてナメたらいかんぞ」
「なんだね、その土方ってのは」
「心配すんな。いずれ、本百姓になる」
「何を言っとるんだ、君は」
「わしの女の話をきかんか」



Posted by ンを連れて来て at 12:10│Comments(0)
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