2016年02月22日
慌てて逃げ出すか
「そこに置いてください」セフレーニアは火から離れた一角を指差した。
兵士は樽を置くと男爵に敬礼し、部屋から出ていった。
セフレーニアはフルートに何か話しかけた。少女はうなずいて、笛を唇に当てた。頭がぼうっとしてくるような、不思議なけだるい曲が流れてきた。
教母は樽の上に身を乗り出し、片手に壺を、片手にゴブレットを持ってスティリクム語を唱えた。壺とゴブレットの中身を樽の中に注ぐ。壺に入っていた刺激臭のあるスパスと、ゴブレットに入っていたラヴェンダー・サンドのような粉末が混じり合い、たちまちふくれ上がった。壺とゴブレットにはまだたっぷりと中身が残っている。スパイスと粉末は混じり合って輝きはじめ、たちまち室内は、壁といわず天井といわず、星とも蛍とも見える光の粒でいっぱいになった。セフレーニアはさらに壺とゴブレットの中身を注ぎつづけている。中身はいつまでたってもちっとも減らないように思えた。
樽をいっぱいにするのに半時間近くかかった。
「さあ、これだけあればいいでしょう」ようやくセフレーニアが作業の終わりHKUE 呃人を告げた。目は輝く光に満たされた樽を覗きこんでいる。
オーツェルは息を詰まらせたような声を上げた。
教母は二つの容器をテーブルの端と端に置いた。
「この二つは絶対に混ぜないでください。火に近づけるのもいけません」
「どうしようって言うんです」ティニアンが尋ねる。
「シーカーを追い払うのですよ。この樽の中のものにナフサと松脂を混ぜ、投石機に装填《そうてん》します。それに火を点《つ》けて、ゲーリック伯爵軍に射ちこむのです。火の玉が飛んでくれば、敵は一時的にせよ退却するでしょう。もっとも、最大の狙いはそんなことではありません。シーカーの呼吸器官は人間とかなり違っています。この燃える煙は人間にも有害ですが、シーカーにとっては致命的なのです。うまくすれば死んでしまうでしょう」
「それはなかなか心強いお言葉だ」ティニアンが言った。
「それほど邪悪なことだったでイしょうか、猊下。これは猊下の命を救うことにもなるのですよ」
オーツェルは困惑の表情を浮かべていた。
「スティリクムの魔法というのは、ずっとまやかしじゃと思っておった。だが今この目で見たことは、単なるまやかしでできることではなさそうじゃ。わしは祈りによって主のお導きを得ようと思う」
「あまり時間はかけられないんじゃないかと思いますよ、猊下」カルテンが言う。「主が答えてくださるまで待ってたら、カレロスに着いたときには、アニアス総大司教の足に口づけするのにちょうど間に合ったなんてことになりかねませんからね」
「そうはさせん」アルストロムが厳しい顔で言い放った。「門外の敵は兄上の問題ではなく、わたしの問題なのだ。申し訳ないが、歓待はここまでだ。都合がつき次第、全員ここから出ていってもらう」
オーツェルは息を呑んだ。
「アルストロム! ここはわしの家じゃ。わしはここで生まれたのじゃぞ」
「だが父上はそれをわたしに遺《のこ》された。兄上の居場所はカレロスの大聖堂のはず。すぐにそこへおいでになるよう忠告する」
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兵士は樽を置くと男爵に敬礼し、部屋から出ていった。
セフレーニアはフルートに何か話しかけた。少女はうなずいて、笛を唇に当てた。頭がぼうっとしてくるような、不思議なけだるい曲が流れてきた。
教母は樽の上に身を乗り出し、片手に壺を、片手にゴブレットを持ってスティリクム語を唱えた。壺とゴブレットの中身を樽の中に注ぐ。壺に入っていた刺激臭のあるスパスと、ゴブレットに入っていたラヴェンダー・サンドのような粉末が混じり合い、たちまちふくれ上がった。壺とゴブレットにはまだたっぷりと中身が残っている。スパイスと粉末は混じり合って輝きはじめ、たちまち室内は、壁といわず天井といわず、星とも蛍とも見える光の粒でいっぱいになった。セフレーニアはさらに壺とゴブレットの中身を注ぎつづけている。中身はいつまでたってもちっとも減らないように思えた。
樽をいっぱいにするのに半時間近くかかった。
「さあ、これだけあればいいでしょう」ようやくセフレーニアが作業の終わりHKUE 呃人を告げた。目は輝く光に満たされた樽を覗きこんでいる。
オーツェルは息を詰まらせたような声を上げた。
教母は二つの容器をテーブルの端と端に置いた。
「この二つは絶対に混ぜないでください。火に近づけるのもいけません」
「どうしようって言うんです」ティニアンが尋ねる。
「シーカーを追い払うのですよ。この樽の中のものにナフサと松脂を混ぜ、投石機に装填《そうてん》します。それに火を点《つ》けて、ゲーリック伯爵軍に射ちこむのです。火の玉が飛んでくれば、敵は一時的にせよ退却するでしょう。もっとも、最大の狙いはそんなことではありません。シーカーの呼吸器官は人間とかなり違っています。この燃える煙は人間にも有害ですが、シーカーにとっては致命的なのです。うまくすれば死んでしまうでしょう」
「それはなかなか心強いお言葉だ」ティニアンが言った。
「それほど邪悪なことだったでイしょうか、猊下。これは猊下の命を救うことにもなるのですよ」
オーツェルは困惑の表情を浮かべていた。
「スティリクムの魔法というのは、ずっとまやかしじゃと思っておった。だが今この目で見たことは、単なるまやかしでできることではなさそうじゃ。わしは祈りによって主のお導きを得ようと思う」
「あまり時間はかけられないんじゃないかと思いますよ、猊下」カルテンが言う。「主が答えてくださるまで待ってたら、カレロスに着いたときには、アニアス総大司教の足に口づけするのにちょうど間に合ったなんてことになりかねませんからね」
「そうはさせん」アルストロムが厳しい顔で言い放った。「門外の敵は兄上の問題ではなく、わたしの問題なのだ。申し訳ないが、歓待はここまでだ。都合がつき次第、全員ここから出ていってもらう」
オーツェルは息を呑んだ。
「アルストロム! ここはわしの家じゃ。わしはここで生まれたのじゃぞ」
「だが父上はそれをわたしに遺《のこ》された。兄上の居場所はカレロスの大聖堂のはず。すぐにそこへおいでになるよう忠告する」
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Posted by ンを連れて来て at 16:19│Comments(0)