2016年07月06日
アフラエルが少女の声
リチアスは恐怖のあまりうわごとを口走り、アリッサはそんな息子を抱きしめている。むしろ息子にしがみついていると言ったほうがいいかもしれない。その顔に浮かんだ恐怖の表情は、決してアニアスに劣るものではなかった。
寺院には音と光があふれていた。オサとセフレーニアの戦いが続く中、何かの割れる音が響き、煙がもくもくと立ち昇った。
「今よ、スパーホーク」フルートが静かに声をかけた。
スパーホークは自分に気合を入れ、足を進めた。剣は脅すようにサファイアの薔薇に突きつけておく。重い鋼鉄の刃の下で、宝石は身を縮めているようだった。
「スパーホーク、愛してるわ」ささやくような声が聞こえた。
だが続いて聞こえてきたのは、愛とはほど遠い音だった。トロール語でわめき立てる声だ。いくつもの声が重なって、ベーリオンの中から聞こえてくる。トロール神たちの憎しみの激しさに、スパーホークはたじろいだ。耐えられないほどの苦痛が襲ってくる。スパーホークの身体は燃え上がると同時に凍りつき、体内では骨がたわみ、きしんだ。騎士はよろめき、宝石を取り落としそうになりながらあえいだ。
「青い薔薇! トロール神たちを静かにさせろ。すぐにだ!」
苦痛はおさまらず、トロールの神々はさらに咆哮しつづける。
「ならば死ね、青い薔薇!」スパーホークは剣を振り上げた。
咆哮がぱたりと途絶え、苦痛が消えた。
スパーホークは最初の黒瑪瑙のテラスを越え、階段を上った。
「[#ここから古印体太字]やめよ、スパーホーク[#ここで古印体太字終わり]」心の中に声が響いてきた。「[#ここから古印体太字]アフラエルは意地の悪い子供だ。そなたを破滅へと導いておるのだ[#ここで古印体太字終わり]」
「いつまで待たせるのかと思ったよ、アザシュ」二番めのテラスを横切りながら、スパーホークは震える声で答えた。「どうしてもっと早く話しかけてこなかった」
心の中の声は何も答えない。
「怖いのか、アザシュ。何か言って、おまえには見えない運命を変えてしまうのが怖いのか」三番めのテラスに足がかかる。
「[#ここから古印体太字]やめよ、スパーホーク[#ここで古印体太字終わり]」声は哀願調になっていた。「[#ここから古印体太字]世界をそなたにやろう[#ここで古印体太字終わり]」
「願い下げだ」
「[#ここから古印体太字]そなたを不死にしてやろう[#ここで古印体太字終わり]」
「興味はない。いずれは死ぬという考えは、人間にとっては当たり前のことだ。それを恐れるのは神々だけだ」三番めのテラスを横切る。
「[#ここから古印体太字]どうしても逆らうのであれば、そなたの沖間を皆殺しにするぞ[#ここで古印体太字終わり]」
「遅かれ早かれ、人は死ぬ」スパーホークは何とか無関心らしく聞こえるように言った。四番めのテラスに上がる。と、いきなり固い岩の中に閉じこめられたような気がした。全員を破滅させるような決断をさせないために、直接手を出してくることはできなかったようだ。騎士は自分の絶対的な優位に気づいた。神々にはスパーホークの運命が見えないだけでなく、その考えを読むこともできないのだ。騎士がいつベーリオンを一撃する決意を固めるか、アザシュにはわからない。決断したのを感じ取ることができないために、剣の動きを止めさせることもできないわけだ。この優位を利用しない手はない。前に進むことができないまま、スパーホークはため息をついた。
「それが望みだというなら……」と剣を振り上げる。
「[#ここから古印体太字]やめろ![#ここで古印体太字終わり]」その声はアザシュだけでなく、トロールの神々からも上がった。
スパーホークは四番めのテラスを通過した。すでに汗びっしょりだ。考えていることを神々に隠しておくことはできても、自分に隠しておくわけにはいかない。五番めのテラスに足をかけながら、騎士は静かにベーリオンに語りかけた。
「さて、青い薔薇、これからやることを説明する。おまえとクワジュとノームとほかのトロール神たちは、その手伝いをするんだ。さもなければ死ぬことになる。どのみち今日は、ここで神が死ぬことになっている。それが一体だけですむか、それともたくさんになるか、それはそっち次第だ。ちゃんと手伝いをすれば、死ぬのは一体だけだ。そうでないなら、たくさん死ぬことになる」
「スパーホーク!」アフラエルが驚きの声を上げる。
「邪魔しないでくれ」
わずかにためらうような間があって、で尋ねた。
「手伝えることはある?」
考えこんだのは一瞬だった。
「いいだろう。だがこれは遊びじゃない。それから、不意打ちはなしだ。この腕はばね[#「ばね」に傍点]みたいに緊張してるんでね」
火花が大きくなりはじめ、閃光だったものが明るい輝き程度にまで落ち着く。その輝きの中からアフラエルが現われた。唇にはあの山羊飼いの笛を当てている。いつものように足は草の汁に汚れていた。笛を口から放すと、その顔には生真面目な表情があった。「もういいから砕いてしまったら、スパーホーク。言うことを聞く気はないみたいですもの」アフラエルは悲しげにため息をついた。「終わりのない命にも飽きてきてたの。それを砕いて、けりをつけましょう」
ベーリオンがまっ黒になった。スパーホークは宝石が手の中で震えているのを感じた。ふたたび戻ってきた光は穏やかで、従順そうなものだった。
「これで言うことを聞くわ」とアフラエル。
「神々に嘘をついたな」
Posted by ンを連れて来て at 12:44│Comments(0)